1 分解体と代数閉体
定義 1.1.p(t)∈K[t]を次数が正である多項式とする。体の拡大L/Kがpの分解体 (splitting field) であるとは、次の二条件を満たすことをいう。
- pはL[t]で一次式の積へ分解する。
- LはKとpの全ての根によって体として生成される。
条件 (a)だけを用いるときは、pがL上で分解する (split) という。
定義 1.2. 体Kが代数閉体 (algebraically closed field) であるとは、次数が正である全てのp(t)∈K[t]がK上で一次式の積へ分解することをいう。
命題 1.3. 体Kが代数閉体であるための必要十分条件は、次数が正である全てのp(t)∈K[t]がKに根をもつことである。
証明.Kが代数閉体なら、一次因子のいずれかが与える元はpの根である。逆に、次数が正である全ての多項式がKに根をもつと仮定する。degpについて帰納法を用いる。degp=1なら、p(t)=a(t−λ)と表される。ただしa∈K×、λ∈Kである。degp≥2なら、根λ∈Kが存在し、因数定理によって
p(t)=(t−λ)q(t),degq=degp−1と書くことができる。帰納法によりqは一次式の積へ分解するので、pも一次式の積へ分解する。▨
系 1.4.Kを代数閉体とし、0<dimKV<∞とする。全ての自己準同型T:V→VはKに固有値をもつ。
証明. 特性多項式χT(t)は次数dimKV>0の多項式である。命題 1.3により根λ∈Kが存在する。χT(λ)=det(λI−T)=0なのでλI−Tは可逆でなく、その核に零でないベクトルが存在する。このベクトルは固有値λの固有ベクトルである。▨
2 係数拡大後の多項式
L/Kを体の拡大とし、VL=L⊗KVと書く。自己準同型T:V→Vから
TL=1L⊗T:VL→VL
が定まる。
定理 2.1.Vを有限次元K-線形空間とする。任意の体の拡大L/Kについて
χTL(t)=χT(t),mTL(t)=mT(t)がL[t]の等式として成り立つ。
証明.VのK-基底を一つ取ると、対応するVLのL-基底に関するTLの表現行列は、Tの表現行列A∈Mn(K)と同じ成分をもつ。したがって
χTL(t)=det(tI−A)=χT(t)である。
d=degmTとする。mT(TL)=0なので、mTL∣mTである。逆向きの次数を比較するため、
I,T,…,Td−1がK上で一次独立であることを用いる。一次従属なら次数d未満の非零多項式がTを零化し、mTの最小性に反する。この有限個の作用素を含むEndK(V)の部分空間で基底を延長すると、その基底は係数拡大後にもL上の基底になる。したがって
I,TL,…,TLd−1もL上で一次独立であり、TLを零化する非零多項式の次数はd以上である。よってdegmTL≥dである。一方、mTL∣mTなのでdegmTL≤dであり、両者は等しい。モニックな割り切り関係と次数の一致からmTL=mTを得る。▨
命題 2.2.L/Kを体の拡大とする。TLのLにおける固有値は、χT(t)のLにおける根に一致する。特に、L上でχTが
χT(t)=i=1∏r(t−λi)aiと分解すると、λ1,…,λrがTLの相異なる固有値であり、aiが各固有値の代数的重複度である。
証明.λ∈Lに対し、λがTLの固有値であることはker(λI−TL)=0と同値であり、有限次元性から
det(λI−TL)=0と同値である。定理 2.1により、この行列式はχT(λ)である。したがって固有値と根は一致し、分解表示における指数が根の重複度、すなわち代数的重複度になる。▨
係数拡大は特性多項式や最小多項式を変更しない。係数体に属する根を増やし、従来は一次因子でなかった因子を固有値ごとの因子へ分ける。
3 実行列と複素共役
命題 3.1.A∈Mn(R)とする。λ∈CがAの固有値なら、λも固有値であり、両者の代数的重複度は等しい。さらに、Av=λvを満たすv∈Cn∖{0}に対して
Av=λvが成り立つ。
証明.Aの成分は実数なので、Av=λvの両辺を複素共役にするとAv=λvを得る。したがって共役な数も固有値である。また、χA(t)∈R[t]であるから
χA(λ)=χA(λ)である。(t−λ)aがC[t]でχAを割ることと(t−λ)aがχAを割ることは、係数を複素共役にすることで同値になる。最大の指数も一致するため、代数的重複度は等しい。▨
例 3.2. 実行列
Rθ=(cosθsinθ−sinθcosθ)の特性多項式は
t2−2(cosθ)t+1である。sinθ=0の場合、この多項式はC[t]で
(t−eiθ)(t−e−iθ)と分解する。二つの固有値は複素共役の対であるが、R上には固有値がない。
4 扱う範囲の境界
分解体の存在と一意性を証明し、その自己同型群と中間体を調べる理論は
Galois 理論に属する。また、任意の体を含む代数閉体の存在証明も本記事の範囲外である。本記事以降で必要になるのは、指定した拡大体上で対象の多項式が実際に分解するという仮定だけである。
ただし一つだけ例外がある。複素数体が代数閉体であること、すなわち複素数を係数とする次数が正の多項式が複素数の根をもつことは、代数学の基本定理と呼ばれ、本単元では証明しない。この主張は体の代数的な公理だけからは従わず、実数の連続性を用いる議論を必要とするためである。
5 演習
問題 5.1 (係数拡大後の固有値).K=Qとし、
A=(01−20)とする。χA(t)=mA(t)=t2+2である。L=Q(−2)へ係数を拡大しても二つの多項式はt2+2のままであるが、L[t]では
t2+2=(t−−2)(t+−2)と分解する。したがってALの固有値は−2と−−2である。