1 不等式の条件と方針
変数の範囲、同次性、等号が成り立つと予想する点、変数の順序を調べると、適用する評価を選ぶことができます。
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各変数が正の実数であるか、非負の実数であるかを確かめます。分母が零になる値は除きます。
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両辺が同じ次数の同次式であるかを調べます。非負の変数の和が正ならば、後述する正規化を用います。
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等号が成り立つ点を予想します。a=b=cで等号が成り立つなら対称な評価を、境界で等号が成り立つなら並べ替えや境界での評価を検討します。
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式の形に応じて、次の道具を検討します。
| 式の形 |
検討する道具 |
| 左辺と右辺の差が対称な二次式 |
差の平方の和への分解 |
| 分母が正である分数の和 |
分数の形のコーシー・シュワルツの不等式 |
| 境界でも等号が生じる三次対称式 |
シュールの不等式 |
| 変数の大小を仮定することができる対称式 |
大小を仮定した後の差の因数分解 |
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評価を二段階以上つなぐ場合は、各段階の等号条件が同時に成り立つかどうかを確かめます。
三文字a,b,cの式で用いる和記号を、次のように定めます。
定義 1.2 (巡回和と全置換和).a→b→c→aの巡回による三項の和を 巡回和 (cyclic sum) といい、∑cycで表す。三文字のすべての入れ替えによる六項の和を 全置換和 (symmetric sum) といい、∑symで表す。例えば
cyc∑a2b=a2b+b2c+c2a,sym∑a2b=a2b+a2c+b2a+b2c+c2a+c2bである。
2 平方和への分解
左辺と右辺の差が対称な二次式である場合には、文字の差の平方による表示を調べます。
例 2.1. 正の実数a,b,cに対してa2+b2+c2≥ab+bc+caを示す。差を二倍すると
2(a2+b2+c2−ab−bc−ca)=(a−b)2+(b−c)2+(c−a)2≥0である。和が零となることは三つの平方がすべて零となることと同値なので、等号条件はa=b=cである。この証明は変数の正値性を用いないため、同じ主張は任意の実数a,b,cに対して成り立つ。
証明で等号条件まで確かめておくと、他の評価とつなぐ際にも、等号が成り立つかどうかを判定することができます。
3 同次式の正規化
同じ次数の同次式を比較する場合には、変数を同じ正の数で割って和を固定します。
定義 3.1 (同次式).dを非負整数とする。多項式F(a,b,c)がd次の 同次式 (homogeneous polynomial) であるとは、すべての実数a,b,cと正の実数tについて
F(ta,tb,tc)=tdF(a,b,c)が成り立つことをいう。
命題 3.2.F,Gを同じ次数d≥1の同次多項式とする。すべての非負実数a,b,cについてF(a,b,c)≥G(a,b,c)が成り立つことと、a+b+c=1を満たすすべての非負実数について同じ不等式が成り立つことは同値である。
証明. すべての非負実数についての不等式へa+b+c=1を課せば、和を固定した場合の不等式を得る。
逆に、和が1の場合の不等式が成り立つとする。s=a+b+c>0の場合には
a′=a/s,b′=b/s,c′=c/sと置くとa′+b′+c′=1である。この三数へ不等式を適用し、同次性を用いると
F(a,b,c)=sdF(a′,b′,c′)≥sdG(a′,b′,c′)=G(a,b,c)となる。s=0の場合には非負性からa=b=c=0である。d≥1の同次性をt=2に適用すると、F(0,0,0)=2dF(0,0,0)なのでF(0,0,0)=0であり、Gも同様である。したがって全零の場合も不等式が成り立つ。▨
どちらの形で扱うかは、和を固定することで計算を簡単にすることができるかどうかによって選びます。
4 等号条件からの逆算
等号が成り立つ点を予想すると、その点で零になる非負量を用いて差を表す方針を定めることができます。
例 4.1. 非負実数a,b,cがa+b+c=1を満たすとき、ab+bc+ca≤1/3を示す。等号が成り立つ点はa=b=c=1/3と予想する。この点で零になる量として文字の差の平方を用いる。実際に
1−3(ab+bc+ca)=(a+b+c)2−3(ab+bc+ca)=21((a−b)2+(b−c)2+(c−a)2)≥0である。等号条件はa=b=cであり、和の条件と合わせるとa=b=c=1/3となる。
二変数の相加平均と相乗平均の関係§A1.14 命題 2.1をa2,b2に適用するとab≤(a2+b2)/2である。同様の三つの不等式を足してab+bc+ca≤a2+b2+c2を得る。和の条件から1=a2+b2+c2+2(ab+bc+ca)なので、この評価からも3(ab+bc+ca)≤1を得る。等号条件は三つの数の一致であり、同じ点で等号が成り立つ。
5 分数の形のコーシー・シュワルツによる二段階の評価
分子を平方の形へ変形すると、§A1.19 定理 4.1を用いて分数の和を一つの分数で評価することができます。
例 5.1. 正の実数a,b,cに対して
b+ca+c+ab+a+bc≥23を示す。各項の分子と分母に同じ文字を掛けると
cyc∑b+ca=cyc∑a(b+c)a2≥a(b+c)+b(c+a)+c(a+b)(a+b+c)2=2(ab+bc+ca)(a+b+c)2である。分母a(b+c),b(c+a),c(a+b)はすべて正なので、分数の形を適用する条件を満たす。この段階の等号条件は
a(b+c)a=b(c+a)b=c(a+b)cであり、正のa,b,cを約分するとb+c=c+a=a+b、すなわちa=b=cとなる。
例 2.1の平方和の表示により
(a+b+c)2≥3(ab+bc+ca)である。ab+bc+ca>0なので、この正の数で割ると
2(ab+bc+ca)(a+b+c)2≥23を得る。この段階も等号条件はa=b=cである。二段階の等号条件は同時に成り立つので、元の不等式の等号条件はa=b=cである。
通分による展開でも証明することができますが、二段階の評価では、それぞれの等号条件の共通部分を直接確かめます。
6 変数の順序とシュールの不等式
対称式の不等式では文字を入れ替えて順序を定めても、示すべき主張は変わりません。
命題 6.1 (シュールの不等式). 非負実数a,b,cに対して
a3+b3+c3+3abc≥sym∑a2bが成り立つ。等号条件は、三つの数が等しいこと、または二つの数が等しく残る一つが零であることのいずれかである。
証明. 左辺と右辺の差は
S=a(a−b)(a−c)+b(b−a)(b−c)+c(c−a)(c−b)である。右辺の全置換和はab(a+b)+bc(b+c)+ca(c+a)なので、差は任意の二文字の交換で変わらない。したがってa≥b≥c≥0としてよい。初めの二項をまとめると
a(a−b)(a−c)+b(b−a)(b−c)=(a−b){a(a−c)−b(b−c)}=(a−b)2(a+b−c)であり
S=(a−b)2(a+b−c)+c(a−c)(b−c)≥0となる。a+b−c≥a−c≥0と、c,a−c,b−c≥0を用いた。
等号なら両項が零である。a+b−c=0ならa=0、したがって全零である。a+b−c>0なら第一項が零であることからa=bを得る。このとき第二項はc(a−c)2であり、零となることはc=0またはa=cと同値である。逆にa=b=cまたはa=b,c=0なら両項は零である。文字の入れ替えを戻すと、主張の等号条件を得る。▨
7 評価の連鎖と最小値
和が固定されているときは平方和を下から評価します。加えた非負項と平方和の等号条件が両立するかどうかも確かめます。
問題 7.1. 非負実数a,b,cがa+b+c=3を満たすとき、a2+b2+c2+abc≥3を示せ。
解答.
§A1.19 定理 4.1において分子をa,b,c、分母をすべて1とすると
a2+b2+c2≥3(a+b+c)2=3である。非負性からabc≥0であるため、両者を足してa2+b2+c2+abc≥3を得る。
等号には、平方和の評価の等号条件a=b=c=1と、非負項の評価の等号条件abc=0が同時に必要である。しかし前者ではabc=1となるので両立しない。したがって、実際にはa2+b2+c2+abc>3である。▨
注意 7.2. 平方和の評価の等号条件だけから、元の式でもa=b=c=1が等号条件であると結論してはならない。評価をつないだ場合には、すべての等号条件の共通部分を取る必要がある。
この解答が示すのは、3が左辺の下界であり、その下界には到達しないということである。左辺の最小値を求めるには、別の議論が必要である。下界と最小値は、値が到達されるかどうかを確かめて区別する。
問題 7.3. 非負実数a,b,cがa+b+c=3を満たすとする。すべてのλ≥0についてa2+b2+c2+λabc≥3を示し、λ=0とλ>0の等号条件を区別せよ。
解答.
平方和の評価からa2+b2+c2≥3であり、λabc≥0なので不等式はすべてのλ≥0で成り立つ。λ=0なら等号条件は平方和の等号条件と同じくa=b=c=1である。λ>0なら等号にはa=b=c=1とabc=0が必要であり、両立しない。したがって等号は成り立たない。λを増やすと非負項λabcは減らないが、λ=0の時点ですでに不等式は成り立っている。▨
問題 7.4.λを非負実数とする。非負実数a,b,cがa+b+c=3を満たすとき、
a2+b2+c2+λabcの最小値と、その値を取るすべての組(a,b,c)を求めよ。
解答.
(a,b,c)=(1,1,1)では値は3+λとなり、(a,b,c)=(3/2,3/2,0)では値は9/2となる。この二つの値の大小はλ=3/2を境に変わる。
q=ab+bc+ca、r=abcと置く。和が3なので
a2+b2+c2=9−2q,a3+b3+c3=27−9q+3rである。また
sym∑a2b=3q−3rであるから、命題 6.1は
27+9r≥12qとなる。したがって
a2+b2+c2+λabc=9−2q+λr≥29+(λ−23)r.非負性と§A1.19 定理 2.1により0≤r≤1である。
0≤λ<3/2の場合、λ−3/2<0とr≤1から
29+(λ−23)r≥3+λを得る。後の不等式で等号が成り立つためにはr=1が必要である。相加平均と相乗平均の関係の等号条件からa=b=c=1であり、この組ではシュールの不等式でも等号が成り立つ。したがって最小値は3+λであり、最小値を取る組は(1,1,1)だけである。
λ>3/2の場合、r≥0により
29+(λ−23)r≥29を得る。等号にはr=0とシュールの不等式の等号が同時に必要である。シュールの等号条件と和が3であることから、最小値を取る組は(3/2,3/2,0)の並べ替えであり、最小値は9/2である。
λ=3/2の場合、積rの係数が零になるので、等号条件はシュールの不等式の等号条件だけである。和が3であることを合わせると、最小値は9/2であり、最小値を取る組は(1,1,1)と(3/2,3/2,0)の並べ替えである。▨
8 演習
問題 8.1. 実数x,y,zに対するx2+y2+z2≥xy+yz+zxを、本文の平方和への分解とは別の方法で二通り示せ。
解答.
§A1.19 定理 3.1を実数列(x,y,z)と(1,1,1)に適用すると
3(x2+y2+z2)≥(x+y+z)2=x2+y2+z2+2(xy+yz+zx)であり、両辺を整理して結論を得る。
別の方法として、対称性によりx≥y≥zとしてよい。このとき
x2+y2+z2−xy−yz−zx=(x−y)(x−z)+(y−z)2≥0である。x−y,x−z≥0を用いた。▨
問題 8.2. 正の実数a,b,cに対して
b+ca2+c+ab2+a+bc2≥2a+b+cを示し、等号条件を求めよ。
解答.
分母がすべて正なので、§A1.19 定理 4.1より
cyc∑b+ca2≥2(a+b+c)(a+b+c)2=2a+b+cである。等号条件はa/(b+c)=b/(c+a)=c/(a+b)である。共通値をk、和をs=a+b+cとすると、a=k(s−a)などが成り立つので、(1+k)a=(1+k)b=(1+k)c=ksである。k>0なのでa=b=cとなる。逆に三つが等しければ各比は1/2であり、等号が成り立つ。▨
問題 8.3. 非負実数a,b,cに対するシュールの不等式の等号条件を、一つの変数が零となる場合まで含めて分類せよ。
解答.
対称性によりa≥b≥c≥0とする。証明で得た差は(a−b)2(a+b−c)+c(a−c)(b−c)である。全零の場合を除くとa+b−c>0なので、等号ならa=bである。残る項はc(a−c)2となり、c=0またはa=cである。したがって全体の等号条件はa=b=c、または二つが等しく残る一つが零であることになる。いずれの場合も代入して差が零となる。▨
問題 8.4. 正の実数a,b,cがabc=1を満たすときa+b+c≥3を、三変数の相加平均と相乗平均の関係を用いる方法と、a=x3,b=y3,c=z3(x,y,z>0)と置いてx3+y3+z3−3xyzを因数分解する方法の二通りで示せ。
解答.
§A1.19 定理 2.1により(a+b+c)/3≥3abc=1であるから、a+b+c≥3である。等号条件はa=b=cであり、積の条件から共通値は1である。
別の方法として、正の三乗根x=3a,y=3b,z=3cを取る。(xyz)3=abc=1かつxyz>0なのでxyz=1である。展開により
x3+y3+z3−3xyz=(x+y+z)(x2+y2+z2−xy−yz−zx)となる。右辺の第一因子は正、第二因子は例 2.1の平方和の表示により非負である。したがってa+b+c−3≥0である。等号はx=y=zの場合に限り、積の条件と合わせてa=b=c=1となる。▨
問題 8.5. 正の実数a,b,cについて
a2+ab+b2a2+b2+bc+c2b2+c2+ca+a2c2≥1が成り立つ。この不等式に分数の形のコーシー・シュワルツの不等式をそのまま適用すると、得られる下界がつねに1以下となり、a=b=cの場合を除いて1に届かないことを示せ。また、その理由を本文の平方和の表示と対応させて説明せよ。
解答.
U=a2+b2+c2、V=ab+bc+caと置く。分数の形をそのまま適用した下界は
L=2U+V(a+b+c)2=2U+VU+2Vである。2U+V>0であり
1−L=2U+VU−V=2(2U+V)(a−b)2+(b−c)2+(c−a)2≥0であるから、L≤1となる。一致はa=b=cの場合に限る。平方和の表示が、直接適用した下界の不足分を与えている。したがって、a=b=c以外ではこの下界だけから設問の不等式を導くことはできない。
設問の不等式自体は、通分して平方和にすることで確認することができる。A=a2+ab+b2、B=b2+bc+c2、C=c2+ca+a2と置く。すべて正であり、通分した差の分子を展開すると
a2BC+b2CA+c2AB−ABC=(a2b)2+(b2c)2+(c2a)2−(a2b)(b2c)−(b2c)(c2a)−(c2a)(a2b)=21((a2b−b2c)2+(b2c−c2a)2+(c2a−a2b)2)≥0である。正のABCで割って、設問の不等式を得る。▨
問題 8.6. 各段階の等号条件が食い違う評価の連鎖の例を作り、最終的な等号条件を誤って答える理由を説明せよ。
解答.
x>0について、§A1.14 命題 2.1によりx+1/x≥2である。また(x−2)2≥0なので
x+x1+(x−2)2≥2+(x−2)2≥2となる。第一段階の等号条件はx=1、第二段階の等号条件はx=2である。両者は同時に成り立たないので、最終的な不等式は狭義である。第一段階だけから等号条件をx=1とすると、x=1では左辺が3になることを見落とす。▨