1 複比と調和点列
直線上の符号つきの長さは、向きを定めた座標xを用いて
UV=x(V)−x(U)
と表します。符号つきの長さの比UX/XVを考えるときは、分母が0でないことを仮定します。
定義 1.1 (複比と調和点列). 同一直線上の有限な相異なる点A,B,X,Yに対し、
(A,B;X,Y):=AY/YBAX/XBを 複比 (cross ratio) という。この複比が−1であるとき、順序を含む四点(A,B;X,Y)を 調和点列 (harmonic range) といい、Yを区間ABに関するXの 調和共役 (harmonic conjugate) という。
この定義は、直線の向きを逆にしても変わりません。四つの符号つきの長さがすべて符号反転しますが、それぞれの比の分子と分母が同時に反転するからです。また、座標の原点をずらしたり単位を変えたりしても、各比は同じ値になります。
2 調和共役の存在と一意性
定理 2.1. 同一直線上の有限な相異なる3点A,B,Xをとり、XはA,Bの中点ではないとする。このとき、有限な点Yで(A,B;X,Y)=−1を満たすものはただ1つ存在する。A=a,B=b,X=uとすると
y=2u−a−bu(a+b)−2abである。Xが中点なら、有限なYは存在しない。この記事ではその場合を射影直線上の無限遠点として拡張しない。
証明.r=AX/XBと置く。§A5.9 定理 1.2によりr=0,−1である。r=1となるのはXがA,Bの中点である場合に限る。したがって、Xが中点でなければ−r=0,−1であり、同じ定理から
YBAY=−rを満たす有限な点Y=A,Bがただ一つ存在する。Y=Xならばr=−rとなり、r=0に反するので、四点は相異なる。この点Yが調和共役である。
Xが中点ならばr=1であり、調和条件が要求する有向比は−1となる。§A5.9 定理 1.2により、その有向比をもつ有限な点は存在しない。▨
3 座標表示
証明.A,B,X,Yの座標をそれぞれa,b,u,yとする。調和条件を符号つきの長さで表すと、
b−uu−a=−b−yy−aである。分母は0でないので、両辺に(b−u)(b−y)を掛けて展開すると、
(u−a)(b−y)+(y−a)(b−u)=0,(2u−a−b)y=u(a+b)−2abを得る。Xは中点ではないので2u−a−b=0であり、
y=2u−a−bu(a+b)−2abとなる。
特にA=0,B=1と正規化し、X,Yの座標をu,vと書くと、
XBAX=1−uu,YBAY=1−vvである。したがって、調和条件は
1−uu=−1−vv,v=2u−1uと表すことができる。ただしu=0,1,21である。u=0,1は端点との一致により定義域外であり、u=21では、展開した等式(2u−1)v=uが0=21となるので有限なvは存在しない。▨
図は調和共役の位置を実演するものであり、複比が -1 であることの証明ではありません。
4 完全四辺形
定義 4.1 (完全四辺形). 相異なる4本の直線で、3本が同一の点を通らず、平行な2本もないものを 完全四辺形 (complete quadrilateral) という。4直線の6つの交点を、
2本ずつの「向かい合う直線」の組で分けると、3組の交点を結ぶ3本の直線ができる。これらを完全四辺形の 対角線 (diagonal of a complete quadrilateral) という。
ここでいう対角線は、四辺形の辺の一部ではありません。4直線を
AP,BP,AR,BQ
としたとき、6つの交点は
直線の組AP∩BPAP∩ARAP∩BQBP∩ARBP∩BQAR∩BQ交点PAQRBS
です。向かい合う組は(AP,BP)と(AR,BQ)、(AP,AR)と(BP,BQ)、(AP,BQ)と(BP,AR)なので、対角線はPS、AB、QRになります。
5 完全四辺形による構成の図
下の図では、Xを線分AB上で動かすことができます。PとQを固定し、Xを通る直線とBPの交点をRとします。そこからS=AR∩BQ、Y=PS∩ABを作っています。4本の太い直線AP,BP,AR,BQが完全四辺形です。
図は構成の順番を見せるためのものです。特定の位置で一直線に見えたり、複比の値が変わらなかったりしても、それだけで全ての位置についての定理にはなりません。図を動かして得た観察は、証明ではありません。次の定理で、完全四辺形のどのような補助線を選んでも調和性が出ることを計算します。
6 完全四辺形による調和共役の定理
定理 6.1. 一直線上の相異なる点A,B,Xをとり、XはA,Bの中点ではないとする。直線ABの外に点Pを選ぶ。Xを通る直線がAP,BPとそれぞれ相異なる有限点Q,Rで交わるようにし、さらに
S=AR∩BQ,Y=PS∩ABが有限な相異なる点として定まるよう、補助線を一般の位置に選ぶ。このとき4直線AP,BP,AR,BQは完全四辺形をなし、
(A,B;X,Y)=−1である。したがってYはXの調和共役である。
証明. 非退化三角形△ABPにおいて、X,R,Qはそれぞれ直線AB,BP,PA上にあり、一直線上に並ぶ。一般位置の仮定により、三点はいずれも各辺の端点と異なる。§A5.9 定理 3.1により、
XBAXRPBRQAPQ=−1である。一方、直線AR,BQ,PYは有限な点Sで交わり、YはA,Bと異なるので、§A5.9 定理 5.2により
YBAYRPBRQAPQ=1である。ここに現れる比はすべて有限で0ではない。二つの等式の商をとると、共通の二辺の比が消え、
AY/YBAX/XB=−1となる。したがって、YはXの調和共役である。
四直線AP,BP,AR,BQの六つの交点はP,A,Q,R,B,Sであり、一般位置の仮定により相異なる。よって四直線は完全四辺形をなし、その対角線はPS,AB,QRである。▨
7 アフィン座標による別証明
証明. アフィン座標をA=(0,0)、B=(1,0)、P=(0,1)となるようにとる。直線上のアフィン変換は全ての符号つきの長さを同じ非零定数倍するので、符号つきの長さの比と複比を変えない。したがって、この座標でX=(u,0)と書いてよい。補助線の一般位置の仮定により、ある実数q,rを用いて
Q=(0,q),R=(1−r,r)と表すことができる。Q,Rが三角形の頂点と異なるので、q,r=0,1である。Q,R,Xが一直線上にあることを、2本のベクトルの行列式が
0であることとして書くと
u=q−rq(1−r).ここでq−r=0は、QRがABと平行でなく有限なXをもつことから従う。
直線ARはy=1−rrx、直線BQはy=q(1−x)である。D:=r+q(1−r)と置くと、D=0(ARとBQが平行でない)なので、その交点Sは
S=(Dq(1−r),Dqr)となる。r+q−2qr=(q−r)(2u−1)=0である。P=(0,1)とSを結ぶ直線がy=0と交わる点の座標をvとすれば、直線のパラメータ表示から
v=r+q−2qrq(1−r).先ほどのu=q(1−r)/(q−r)を代入して整理すると
v=2u−1u.u=21なので分母は0ではなく、Yは有限である。さらにu=0,1と相異点の仮定からv=0,1であり、定義域の条件も満たす。よって
XBAX=1−uu,YBAY=1−vv=u−1u=−1−uu.従ってその商は−1である。さらにP=AP∩BP、S=AR∩BQ、A=AP∩AR、B=BP∩BQ、Q=AP∩BQ、R=BP∩ARなので、4直線は完全四辺形であり、その対角線はPS,AB,QRである。構成上X=QR∩AB、Y=PS∩ABだから、作図の主張も示された。▨
8 平行線を用いた中点の作図
問題 8.1. 相異なる二点A,Bと、直線ABとは異なる平行線gが与えられている。目盛りのない定規だけを用いて線分ABの中点を作図し、作図が正しいことを証明せよ。定規では、すでにある二点を結ぶ直線を引き、二直線の交点を取ることができるものとする。また、補助点を任意に選んでよい。
解答.
直線gに関してA,Bと反対側に点Pを選ぶ。直線PA,PBとgの交点をそれぞれQ,Rとする。続いて
S=AR∩BQ,M=PS∩ABを作る。
PとA,Bはgの反対側にあるので、Q,Rはそれぞれ線分PA,PBの内部にある。四角形ABRQは凸な台形なので、その対角線AR,BQは内部の一点Sで交わる。Sは三角形△PABの内部にあるため、半直線PSは線分ABの内部で交わる。したがって、作図の交点はすべて有限に定まり、Mは辺ABの内部点である。
QR∥ABなので、平行線の角と§A5.1 定理 3.1 (1)により△PQR∼△PABである。
k=PAPQ=PBPR(0<k<1)と置くと、
RPBR=k1−k,QAPQ=1−kkとなる。三本の直線AR,BQ,PMは点Sで交わるので、三角形△ABPに§A5.9 定理 1.3を用いて
MBAMk1−k1−kk=1を得る。よってAM=MBであり、Mは線分ABの中点である。
作図で引いたのは既にある二点を結ぶ直線だけであり、交点を取る操作と合わせて目盛りのない定規で行うことができる。▨
9 内分・外分と符号
補題 9.1.A,Bを異なる点、Xをその直線上のA,Bと異なる点でXが中点でないものとする。Xの座標をu、その調和共役の座標をvとしてA=0,B=1と正規化すると、v=u/(2u−1)であり、次が成り立つ。
- 0<u<1ならAX/XB>0、AY/YB<0。つまりXは内分点、Yは外分点。
- u<0またはu>1ならXは外分点、Yは内分点。
- 0<u<21ならv<0、21<u<1ならv>1。外分点YがA側かB側かは、Xが中点のどちら側にあるかで決まる。
証明.ρ(t):=t/(1−t)と置く。0<t<1なら分子と分母がともに正なのでρ(t)>0であり、t<0またはt>1なら分子と分母の符号が異なるのでρ(t)<0である。調和条件はρ(v)=−ρ(u)だから、XとYの比の符号は必ず反対になる。
位置そのものについては、0<u<21ならu>0かつ2u−1<0なのでv<0、21<u<1ならu>0かつ0<2u−1<uなのでv>1である。外部の場合は、u<0なら0<v<1、u>1なら0<v<1を、それぞれ分母と分子の大小を比較して得る。中点u=21はこの式の分母が0になるため、別扱いである。▨
普通の長さだけでAX/XBとAY/YBを計算すると、両方とも正になってしまう場合があります。そのとき調和性の−1は見えません。内分・外分を一つの式に入れるために、§A5.9 定理 1.2と同じく有向比を使う必要があります。
10 退化・境界ケース
系 10.1. 次の配置では、この記事の有限な点としての調和共役または完全四辺形の構成は適用できない。
- A=B、またはX=A,B。四点が相異なるという定義の条件を満たさない。
- XがABの中点。調和条件を射影平面まで拡張すればYは無限遠点であるが、実アフィン平面には有限なYがない。
- 補助線がAPまたはBPと平行、あるいはARとBQが平行になる場合。必要な交点が有限に定まらないので、補助線を一般の位置に選び直す。
証明.A=BならABは区間を定めず、X=AまたはBならAXまたはXBが0になり、定義の前提を破る。
A=0,B=1の座標でXが中点ならu=21である。調和条件を展開するとv=u/(2u−1)だが、これは有限な実数にならない。作図の証明でもPSとABが平行になり、有限な交点Yが現れない。
最後に、補助線が指定の直線と平行ならQまたはRが有限に作れず、AR∥BQならSが有限に作れない。これらは定理の結論が偽になるというより、選んだ作図手順がそのままでは実行できない退化である。補助線を変えれば、u=21の通常の配置では一般位置を選べる。▨
射影幾何では無限遠点を加えることで、平行な直線の交点も同じ枠組みに入ります。しかし、ここでの定義は有限な実数の有向比に基づくため、無限遠点を含む複比の定義や射影変換による不変性までは扱われません。それらは「長さが変わっても複比が残る」という次の段階の道具です。