1 有限複素測度と支配測度
定義 1.1.(X,Σ)を可測空間とする。写像ν:Σ→Cが 複素測度 (complex measure) であるとは、ν(∅)=0であり、任意の互いに素な可測集合列(An)n∈N≥1に対して、級数∑n=1∞ν(An)がCで収束して
ν(n=1⋃∞An)=n=1∑∞ν(An)となることをいう。値はすべて有限である。
補題 1.2.(X,Σ)上の複素測度νに対して、有限正測度λとh∈L1(λ;C)が存在し、任意のA∈Σについて
ν(A)=∫Ahdλが成り立つ。具体的にはλ=∣Reν∣+∣Imν∣とすることができる。
証明.α=Reνとβ=Imνは有限符号付き測度である。§E9.25 定理 4.1と§E9.25 命題 5.4 (3)により、α+,α−,β+,β−は有限正測度である。和
λ=α++α−+β++β−は有限正測度であり、各成分はλに絶対連続である。§E9.14 定理 1.2により各成分の非負密度a+,a−,b+,b−を取る。各密度の積分は対応する成分の全質量であるから有限である。したがって
h=a+−a−+i(b+−b−)はL1(λ;C)に属し、所要の表示を与える。▨
2 全変動
定義 2.1.(X,Σ)上の複素測度νに対し、可測集合A上の 全変動 (total variation) を
∣ν∣(A)=sup{j=1∑m∣ν(Aj)∣: A=j=1⨆mAj, Aj∈Σ, m∈N≥1}で定める。空集合には値0を与える。
証明. 互いに素な可測集合列に対して、部分和の指示関数とhとの積へ支配収束定理を適用すると、νの可算加法性が得られる。任意の有限可測分割A=⨆j=1mAjについて
j=1∑m∫Ajhdλ≤j=1∑m∫Aj∣h∣dλ=∫A∣h∣dλであるから、∣ν∣(A)≤∫A∣h∣dλである。
u(x)=h(x)/∣h(x)∣をh(x)=0で定め、h(x)=0ではu(x)=0とする。任意のε>0に対して、閉単位円板の有限分割から単関数s=∑j=1mcj1AjをA上で取り、∣cj∣≤1と∣s−u∣≤εを満たすようにする。各Ajはuの Borel 集合の逆像として可測に取ることができる。すると
∫Ashdλ=j=1∑mcjν(Aj)≤j=1∑m∣ν(Aj)∣≤∣ν∣(A)であり、uh=∣h∣から
∫A∣h∣dλ≤∣ν∣(A)+ε∫A∣h∣dλを得る。ε↓0とすれば逆向きの不等式が従う。▨
定理 2.3.(X,Σ)上の複素測度νの全変動∣ν∣は有限正測度である。任意のA∈Σについて∣ν(A)∣≤∣ν∣(A)であり、∣ν∣(A)=0であるための必要十分条件は、すべての可測集合B⊆Aに対してν(B)=0となることである。
証明.補題 1.2の表示へ補題 2.2を適用すると、∣ν∣(A)=∫A∣h∣dλである。非負積分の単調収束定理により右辺はAに関する可算加法的な集合関数であり、全質量は∫X∣h∣dλ<∞である。一項の分割から∣ν(A)∣≤∣ν∣(A)を得る。∣ν∣(A)=0ならば、任意の可測集合B⊆Aについて∣ν(B)∣≤∣ν∣(B)=0である。逆にすべての可測部分集合でνが零ならば、定義中のすべての分割和が零である。▨
定理 2.4.(X,Σ)上の複素測度νに対し、可測関数k:X→Cが存在して、∣k∣=1が∣ν∣に関してほとんど至る所で成り立ち、任意のA∈Σについて
ν(A)=∫Akd∣ν∣となる。kは∣ν∣に関してほとんど至る所の一致を除いて一意である。
証明.補題 1.2の密度hを用い、h=0でk=h/∣h∣、h=0でk=1と定める。補題 2.2からd∣ν∣=∣h∣dλであり、単関数の積分とその極限を用いると∫Akd∣ν∣=∫Ahdλとなる。
別の表示ν(A)=∫Aℓd∣ν∣があるとする。w=k−ℓの実部について、集合Bn={Rew>1/n}上の積分は零であり、同時に∣ν∣(Bn)/n以上である。したがって各Bnは∣ν∣-零集合である。{Rew<−1/n}および虚部の正負にも同じ議論を適用するとw=0がほとんど至る所で成り立つ。▨
3 複素測度に関する積分
定義 3.1.(X,Σ)上の複素測度νと可測関数f:X→Cが∫X∣f∣d∣ν∣<∞を満たすとき、fのνに関する 積分 (integral with respect to a complex measure) を極形式の密度kを用いて
∫Xfdν=∫Xfkd∣ν∣と定める。極形式の一意性により、値はkの代表元によらない。
命題 3.2.(X,Σ)上の複素測度νとf∈L1(∣ν∣;C)に対し、
∫Xfdν≤∫X∣f∣d∣ν∣が成り立つ。さらに任意のA∈Σについて
∣ν∣(A)=sup{∫Afdν: f:X→C は可測, ∣f∣≤1}である。上限は単関数だけに制限しても変わらない。
証明.∣k∣=1が∣ν∣に関してほとんど至る所で成り立つので、積分の三角不等式をfkに適用すれば最初の評価を得る。∣f∣≤1ならば同じ評価により∣∫Afdν∣≤∣ν∣(A)である。f=kでは等号となる。閉単位円板内の単関数によってkを一様に近似すると、最初の評価から積分も収束するため、単関数に制限した上限も∣ν∣(A)である。▨
例 3.3.X={a,b}に冪集合を可測集合族として入れ、ν({a})=1とν({b})=iとする。全変動は数え上げ測度であり、∣ν∣(X)=2であるが、∣ν(X)∣=2である。極形式の密度はk(a)=1とk(b)=iである。集合の値の絶対値は加法的でないが、分割の上限は正測度になる。
4 Radon–Nikodym表現とLebesgue分解
定理 4.1.(X,Σ,μ)をシグマ有限な正測度空間、νを(X,Σ)上の有限符号付き測度または複素測度とする。すべてのμ-零集合Aについてν(A)=0であると仮定する。このとき、g∈L1(μ)が存在し、任意のA∈Σについて
ν(A)=∫Agdμ,∣ν∣(A)=∫A∣g∣dμとなる。符号付きの場合にはgを実数値に取ることができる。密度はμに関するほとんど至る所の一致を除いて一意である。
証明. 複素測度の実部と虚部のJordan成分をα+,α−,β+,β−とする。μ-零集合のすべての可測部分集合もμ-零集合であるため、§E9.25 補題 6.2 (3)により四成分はμに絶対連続である。四成分は有限であるから§E9.14 定理 2.3を適用し、非負密度a+,a−,b+,b−を得る。和差g=a+−a−+i(b+−b−)は可積分であり、ν=gμである。補題 2.2から∣ν∣=∣g∣μも従う。符号付きの場合には虚部を零とする。
二つの可積分密度の差をwとする。∫Awdμ=0がすべてのA∈Σで成り立つ。実部と虚部の正負の上位集合に定理 2.4の一意性の証明と同じ積分評価を適用すると、w=0がほとんど至る所で成り立つ。▨
定理 4.2.(X,Σ,μ)をシグマ有限な正測度空間、νを(X,Σ)上の有限符号付き測度または複素測度とする。このとき、同じ種類の測度νaとνsが一意に存在して
ν=νa+νs,∣νa∣≪μ,∣νs∣⊥μを満たす。νa=gμとなる可積分密度gが存在する。
証明.補題 1.2の有限正測度λに§E9.14 定理 4.1を適用する。λ=λa+λsであり、可測なμ-零集合Sを取り、λsがSに集中し、λa(S)=0となるようにする。νs(A)=ν(A∩S)とνa(A)=ν(A∖S)を定める。密度表示と補題 2.2により、両測度の全変動はそれぞれ∣h∣λのSとX∖Sへの制限である。したがって所要の絶対連続性と特異性が成り立つ。密度gの存在は定理 4.1から従う。
別の分解があれば、二つの絶対連続成分の差ηはμに絶対連続であり、同時に二つの特異成分が集中するμ-零集合の和に集中する。任意の可測集合上のηの値は、その零集合との交わりにおける値に等しく、絶対連続性により零である。よって両成分は一致する。▨
例 4.3.R上のLebesgue測度をmとし、ν(A)=∫A∩[0,1]eixdm(x)+i1A(0)とする。Lebesgue分解の絶対連続成分の密度はeix1[0,1]、特異成分はiδ0である。両成分が相互に特異であるため、全変動はm∣[0,1]+δ0である。
5 演習
問題 5.1. 複素測度νとf∈L1(∣ν∣;C)に対し、η(A)=∫Afdνと定める。ηが複素測度であり、∣η∣(A)=∫A∣f∣d∣ν∣となることを示せ。
解答.
極形式ν=k∣ν∣によりη(A)=∫Afkd∣ν∣である。互いに素な可測集合列(An)に対して、∑n≤N1Anfkは1∪nAnfkへ点ごとに収束し、絶対値は可積分関数∣f∣以下である。支配収束定理によりηは可算加法的である。補題 2.2をfkと∣ν∣に適用し、∣fk∣=∣f∣がほとんど至る所で成り立つことを用いると所要の公式を得る。▨
問題 5.2.X={a,b}上でν=δa−δbとし、一点空間Yへの写像T:X→Yを考える。像複素測度T∗νの全変動と、正測度T∗∣ν∣とを比較せよ。
解答.
ν(X)=0であるため、T∗νは零測度であり、∣T∗ν∣(Y)=0である。一方、∣ν∣=δa+δbなのでT∗∣ν∣(Y)=2である。異なる位相をもつ値が同じ像へ送られると相殺が生じるため、像を取る操作と全変動を取る操作は一般には交換しない。▨