§E9.26複素測度と全変動

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可積分な関数を可測集合ごとに積分すると、その関数の値に応じて符号付き測度や複素数値の測度が得られる。こうした測度は、関数の積分を集合関数として扱うための基本的な対象である。ただし、集合上の積分の絶対値は、関数の大きさをそのまま表すとは限らない。たとえば、二点にそれぞれ質量11とiiを与えた集合関数では、全体の値の絶対値は2\sqrt2であり、二つの質量の絶対値の和22より小さい。

可算加法的な複素数値の集合関数を複素測度といい、その大きさを分割によって捉えた正測度を全変動という。全変動は、複素測度の値の相殺を考慮せずに積分を評価する役割を担う。全変動に対する密度として複素測度を表す極形式によって、符号付き測度から複素測度へ積分の理論を広げることができる。

本記事では、複素測度と全変動の基本的な性質、および正測度に対する密度表示について解説する。

1 有限複素測度と支配測度

定義 1.1.(X,Σ)(X,\Sigma)を可測空間とする。写像ν:Σ→C\nu:\Sigma\to\Cが 複素測度 (complex measure) であるとは、ν(∅)=0\nu(\emptyset)=0であり、任意の互いに素な可測集合列(An)n∈N≥1(A_n)_{n\in\NN}に対して、級数∑n=1∞ν(An)\sum_{n=1}^{\infty}\nu(A_n)がC\Cで収束して

ν(⋃n=1∞An)=∑n=1∞ν(An)\nu\left(\bigcup_{n=1}^{\infty}A_n\right)=\sum_{n=1}^{\infty}\nu(A_n)

となることをいう。値はすべて有限である。

補題 1.2.(X,Σ)(X,\Sigma)上の複素測度ν\nuに対して、有限正測度λ\lambdaとh∈L1(λ;C)h\in L^1(\lambda;\C)が存在し、任意のA∈ΣA\in\Sigmaについて

ν(A)=∫Ah dλ\nu(A)=\int_Ah\,d\lambda

が成り立つ。具体的にはλ=∣Re⁡ν∣+∣Im⁡ν∣\lambda=|\operatorname{Re}\nu|+|\operatorname{Im}\nu|とすることができる。

証明.α=Re⁡ν\alpha=\operatorname{Re}\nuとβ=Im⁡ν\beta=\operatorname{Im}\nuは有限符号付き測度である。§E9.25 定理 4.1と§E9.25 命題 5.4 (3)により、α+,α−,β+,β−\alpha^+,\alpha^-,\beta^+,\beta^-は有限正測度である。和

λ=α++α−+β++β−\lambda=\alpha^++\alpha^-+\beta^++\beta^-

は有限正測度であり、各成分はλ\lambdaに絶対連続である。§E9.14 定理 1.2により各成分の非負密度a+,a−,b+,b−a_+,a_-,b_+,b_-を取る。各密度の積分は対応する成分の全質量であるから有限である。したがって

h=a+−a−+i(b+−b−)h=a_+-a_-+i(b_+-b_-)

はL1(λ;C)L^1(\lambda;\C)に属し、所要の表示を与える。▨

2 全変動

定義 2.1.(X,Σ)(X,\Sigma)上の複素測度ν\nuに対し、可測集合AA上の 全変動 (total variation) を

∣ν∣(A)=sup⁡{∑j=1m∣ν(Aj)∣: A=⨆j=1mAj, Aj∈Σ, m∈N≥1}|\nu|(A)=\sup\left\{\sum_{j=1}^m|\nu(A_j)|:\ A=\bigsqcup_{j=1}^m A_j,\ A_j\in\Sigma,\ m\in\NN\right\}

で定める。空集合には値00を与える。

補題 2.2.(X,Σ,λ)(X,\Sigma,\lambda)を正測度空間、h∈L1(λ;C)h\in L^1(\lambda;\C)とし、ν(A)=∫Ah dλ\nu(A)=\int_Ah\,d\lambdaとおく。このときν\nuは複素測度であり、任意のA∈ΣA\in\Sigmaに対して

∣ν∣(A)=∫A∣h∣ dλ|\nu|(A)=\int_A|h|\,d\lambda

が成り立つ。

証明. 互いに素な可測集合列に対して、部分和の指示関数とhhとの積へ支配収束定理を適用すると、ν\nuの可算加法性が得られる。任意の有限可測分割A=⨆j=1mAjA=\bigsqcup_{j=1}^m A_jについて

∑j=1m∣∫Ajh dλ∣≤∑j=1m∫Aj∣h∣ dλ=∫A∣h∣ dλ\sum_{j=1}^m\left|\int_{A_j}h\,d\lambda\right|\leq\sum_{j=1}^m\int_{A_j}|h|\,d\lambda=\int_A|h|\,d\lambda

であるから、∣ν∣(A)≤∫A∣h∣ dλ|\nu|(A)\leq\int_A|h|\,d\lambdaである。

u(x)=h(x)‾/∣h(x)∣u(x)=\overline{h(x)}/|h(x)|をh(x)≠0h(x)\ne0で定め、h(x)=0h(x)=0ではu(x)=0u(x)=0とする。任意のε>0\ep>0に対して、閉単位円板の有限分割から単関数s=∑j=1mcj1Ajs=\sum_{j=1}^m c_j\mathbf1_{A_j}をAA上で取り、∣cj∣≤1|c_j|\leq1と∣s−u∣≤ε|s-u|\leq\epを満たすようにする。各AjA_jはuuの Borel 集合の逆像として可測に取ることができる。すると

∣∫Ash dλ∣=∣∑j=1mcjν(Aj)∣≤∑j=1m∣ν(Aj)∣≤∣ν∣(A)\left|\int_As h\,d\lambda\right|=\left|\sum_{j=1}^m c_j\nu(A_j)\right|\leq\sum_{j=1}^m|\nu(A_j)|\leq|\nu|(A)

であり、uh=∣h∣uh=|h|から

∫A∣h∣ dλ≤∣ν∣(A)+ε∫A∣h∣ dλ\int_A|h|\,d\lambda\leq|\nu|(A)+\ep\int_A|h|\,d\lambda

を得る。ε↓0\ep\downarrow0とすれば逆向きの不等式が従う。▨

定理 2.3.(X,Σ)(X,\Sigma)上の複素測度ν\nuの全変動∣ν∣|\nu|は有限正測度である。任意のA∈ΣA\in\Sigmaについて∣ν(A)∣≤∣ν∣(A)|\nu(A)|\leq|\nu|(A)であり、∣ν∣(A)=0|\nu|(A)=0であるための必要十分条件は、すべての可測集合B⊆AB\subseteq Aに対してν(B)=0\nu(B)=0となることである。

証明.補題 1.2の表示へ補題 2.2を適用すると、∣ν∣(A)=∫A∣h∣ dλ|\nu|(A)=\int_A|h|\,d\lambdaである。非負積分の単調収束定理により右辺はAAに関する可算加法的な集合関数であり、全質量は∫X∣h∣ dλ<∞\int_X|h|\,d\lambda<\inftyである。一項の分割から∣ν(A)∣≤∣ν∣(A)|\nu(A)|\leq|\nu|(A)を得る。∣ν∣(A)=0|\nu|(A)=0ならば、任意の可測集合B⊆AB\subseteq Aについて∣ν(B)∣≤∣ν∣(B)=0|\nu(B)|\leq|\nu|(B)=0である。逆にすべての可測部分集合でν\nuが零ならば、定義中のすべての分割和が零である。▨

定理 2.4.(X,Σ)(X,\Sigma)上の複素測度ν\nuに対し、可測関数k:X→Ck:X\to\Cが存在して、∣k∣=1|k|=1が∣ν∣|\nu|に関してほとんど至る所で成り立ち、任意のA∈ΣA\in\Sigmaについて

ν(A)=∫Ak d∣ν∣\nu(A)=\int_Ak\,d|\nu|

となる。kkは∣ν∣|\nu|に関してほとんど至る所の一致を除いて一意である。

証明.補題 1.2の密度hhを用い、h≠0h\ne0でk=h/∣h∣k=h/|h|、h=0h=0でk=1k=1と定める。補題 2.2からd∣ν∣=∣h∣ dλd|\nu|=|h|\,d\lambdaであり、単関数の積分とその極限を用いると∫Ak d∣ν∣=∫Ah dλ\int_A k\,d|\nu|=\int_Ah\,d\lambdaとなる。

別の表示ν(A)=∫Aℓ d∣ν∣\nu(A)=\int_A\ell\,d|\nu|があるとする。w=k−ℓw=k-\ellの実部について、集合Bn={Re⁡w>1/n}B_n=\{\operatorname{Re}w>1/n\}上の積分は零であり、同時に∣ν∣(Bn)/n|\nu|(B_n)/n以上である。したがって各BnB_nは∣ν∣|\nu|-零集合である。{Re⁡w<−1/n}\{\operatorname{Re}w<-1/n\}および虚部の正負にも同じ議論を適用するとw=0w=0がほとんど至る所で成り立つ。▨

3 複素測度に関する積分

定義 3.1.(X,Σ)(X,\Sigma)上の複素測度ν\nuと可測関数f:X→Cf:X\to\Cが∫X∣f∣ d∣ν∣<∞\int_X|f|\,d|\nu|<\inftyを満たすとき、ffのν\nuに関する 積分 (integral with respect to a complex measure) を極形式の密度kkを用いて

∫Xf dν=∫Xfk d∣ν∣\int_Xf\,d\nu=\int_Xfk\,d|\nu|

と定める。極形式の一意性により、値はkkの代表元によらない。

命題 3.2.(X,Σ)(X,\Sigma)上の複素測度ν\nuとf∈L1(∣ν∣;C)f\in L^1(|\nu|;\C)に対し、

∣∫Xf dν∣≤∫X∣f∣ d∣ν∣\left|\int_X f\,d\nu\right|\leq\int_X|f|\,d|\nu|

が成り立つ。さらに任意のA∈ΣA\in\Sigmaについて

∣ν∣(A)=sup⁡{∣∫Af dν∣: f:X→C は可測, ∣f∣≤1}|\nu|(A)=\sup\left\{\left|\int_A f\,d\nu\right|:\ f:X\to\C\text{ は可測},\ |f|\leq1\right\}

である。上限は単関数だけに制限しても変わらない。

証明.∣k∣=1|k|=1が∣ν∣|\nu|に関してほとんど至る所で成り立つので、積分の三角不等式をfkfkに適用すれば最初の評価を得る。∣f∣≤1|f|\leq1ならば同じ評価により∣∫Af dν∣≤∣ν∣(A)|\int_A f\,d\nu|\leq|\nu|(A)である。f=k‾f=\overline{k}では等号となる。閉単位円板内の単関数によってk‾\overline{k}を一様に近似すると、最初の評価から積分も収束するため、単関数に制限した上限も∣ν∣(A)|\nu|(A)である。▨

例 3.3.X={a,b}X=\{a,b\}に冪集合を可測集合族として入れ、ν({a})=1\nu(\{a\})=1とν({b})=i\nu(\{b\})=iとする。全変動は数え上げ測度であり、∣ν∣(X)=2|\nu|(X)=2であるが、∣ν(X)∣=2|\nu(X)|=\sqrt2である。極形式の密度はk(a)=1k(a)=1とk(b)=ik(b)=iである。集合の値の絶対値は加法的でないが、分割の上限は正測度になる。

4 Radon–Nikodym表現とLebesgue分解

定理 4.1.(X,Σ,μ)(X,\Sigma,\mu)をシグマ有限な正測度空間、ν\nuを(X,Σ)(X,\Sigma)上の有限符号付き測度または複素測度とする。すべてのμ\mu-零集合AAについてν(A)=0\nu(A)=0であると仮定する。このとき、g∈L1(μ)g\in L^1(\mu)が存在し、任意のA∈ΣA\in\Sigmaについて

ν(A)=∫Ag dμ,∣ν∣(A)=∫A∣g∣ dμ\nu(A)=\int_Ag\,d\mu,\qquad |\nu|(A)=\int_A|g|\,d\mu

となる。符号付きの場合にはggを実数値に取ることができる。密度はμ\muに関するほとんど至る所の一致を除いて一意である。

証明. 複素測度の実部と虚部のJordan成分をα+,α−,β+,β−\alpha^+,\alpha^-,\beta^+,\beta^-とする。μ\mu-零集合のすべての可測部分集合もμ\mu-零集合であるため、§E9.25 補題 6.2 (3)により四成分はμ\muに絶対連続である。四成分は有限であるから§E9.14 定理 2.3を適用し、非負密度a+,a−,b+,b−a_+,a_-,b_+,b_-を得る。和差g=a+−a−+i(b+−b−)g=a_+-a_-+i(b_+-b_-)は可積分であり、ν=gμ\nu=g\muである。補題 2.2から∣ν∣=∣g∣μ|\nu|=|g|\muも従う。符号付きの場合には虚部を零とする。

二つの可積分密度の差をwwとする。∫Aw dμ=0\int_Aw\,d\mu=0がすべてのA∈ΣA\in\Sigmaで成り立つ。実部と虚部の正負の上位集合に定理 2.4の一意性の証明と同じ積分評価を適用すると、w=0w=0がほとんど至る所で成り立つ。▨

定理 4.2.(X,Σ,μ)(X,\Sigma,\mu)をシグマ有限な正測度空間、ν\nuを(X,Σ)(X,\Sigma)上の有限符号付き測度または複素測度とする。このとき、同じ種類の測度νa\nu_{\mathrm a}とνs\nu_{\mathrm s}が一意に存在して

ν=νa+νs,∣νa∣≪μ,∣νs∣⊥μ\nu=\nu_{\mathrm a}+\nu_{\mathrm s},\qquad |\nu_{\mathrm a}|\ll\mu,\qquad |\nu_{\mathrm s}|\perp\mu

を満たす。νa=gμ\nu_{\mathrm a}=g\muとなる可積分密度ggが存在する。

証明.補題 1.2の有限正測度λ\lambdaに§E9.14 定理 4.1を適用する。λ=λa+λs\lambda=\lambda_{\mathrm a}+\lambda_{\mathrm s}であり、可測なμ\mu-零集合SSを取り、λs\lambda_{\mathrm s}がSSに集中し、λa(S)=0\lambda_{\mathrm a}(S)=0となるようにする。νs(A)=ν(A∩S)\nu_{\mathrm s}(A)=\nu(A\cap S)とνa(A)=ν(A∖S)\nu_{\mathrm a}(A)=\nu(A\setminus S)を定める。密度表示と補題 2.2により、両測度の全変動はそれぞれ∣h∣λ|h|\lambdaのSSとX∖SX\setminus Sへの制限である。したがって所要の絶対連続性と特異性が成り立つ。密度ggの存在は定理 4.1から従う。

別の分解があれば、二つの絶対連続成分の差η\etaはμ\muに絶対連続であり、同時に二つの特異成分が集中するμ\mu-零集合の和に集中する。任意の可測集合上のη\etaの値は、その零集合との交わりにおける値に等しく、絶対連続性により零である。よって両成分は一致する。▨

例 4.3.R\R上のLebesgue測度をmmとし、ν(A)=∫A∩[0,1]eix dm(x)+i1A(0)\nu(A)=\int_{A\cap[0,1]}e^{ix}\,dm(x)+i\mathbf1_A(0)とする。Lebesgue分解の絶対連続成分の密度はeix1[0,1]e^{ix}\mathbf1_{[0,1]}、特異成分はiδ0i\delta_0である。両成分が相互に特異であるため、全変動はm∣[0,1]+δ0m|_{[0,1]}+\delta_0である。

5 演習

問題 5.1. 複素測度ν\nuとf∈L1(∣ν∣;C)f\in L^1(|\nu|;\C)に対し、η(A)=∫Af dν\eta(A)=\int_Af\,d\nuと定める。η\etaが複素測度であり、∣η∣(A)=∫A∣f∣ d∣ν∣|\eta|(A)=\int_A|f|\,d|\nu|となることを示せ。

解答.

極形式ν=k∣ν∣\nu=k|\nu|によりη(A)=∫Afk d∣ν∣\eta(A)=\int_Afk\,d|\nu|である。互いに素な可測集合列(An)(A_n)に対して、∑n≤N1Anfk\sum_{n\leq N}\mathbf1_{A_n}fkは1∪nAnfk\mathbf1_{\cup_n A_n}fkへ点ごとに収束し、絶対値は可積分関数∣f∣|f|以下である。支配収束定理によりη\etaは可算加法的である。補題 2.2をfkfkと∣ν∣|\nu|に適用し、∣fk∣=∣f∣|fk|=|f|がほとんど至る所で成り立つことを用いると所要の公式を得る。▨

問題 5.2.X={a,b}X=\{a,b\}上でν=δa−δb\nu=\delta_a-\delta_bとし、一点空間YYへの写像T:X→YT:X\to Yを考える。像複素測度T∗νT_*\nuの全変動と、正測度T∗∣ν∣T_*|\nu|とを比較せよ。

解答.

ν(X)=0\nu(X)=0であるため、T∗νT_*\nuは零測度であり、∣T∗ν∣(Y)=0|T_*\nu|(Y)=0である。一方、∣ν∣=δa+δb|\nu|=\delta_a+\delta_bなのでT∗∣ν∣(Y)=2T_*|\nu|(Y)=2である。異なる位相をもつ値が同じ像へ送られると相殺が生じるため、像を取る操作と全変動を取る操作は一般には交換しない。▨

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