1 Hilbert 空間と平行四辺形公式
本記事では係数体KをRまたはCとする。複素内積は第1変数について線形、第2変数について共役線形とする。
定義 1.1. 内積空間Hが、内積から定まるノルム
∥x∥=⟨x,x⟩について完備であるとき、HをHilbert 空間 (Hilbert space) という。
命題 1.2 (平行四辺形公式). 内積空間Hの任意のx,y∈Hに対して
∥x+y∥2+∥x−y∥2=2∥x∥2+2∥y∥2が成り立つ。
証明. 内積の加法性と共役対称性を用いて両辺を展開すると、左辺では交差項2Re⟨x,y⟩と−2Re⟨x,y⟩が相殺する。残る項は2⟨x,x⟩+2⟨y,y⟩である。▨
2 閉凸集合への最良近似
定理 2.1.Hを Hilbert 空間とし、C⊆Hを空でない閉凸集合とする。任意のx∈Hに対して、
∥x−c∥=z∈Cinf∥x−z∥を満たすc∈Cがただ一つ存在する。
証明.d=infz∈C∥x−z∥とおく。各n≥1に対して、cn∈Cを∥x−cn∥2<d2+1/nとなるように選ぶ。凸性により(cn+cm)/2∈Cである。命題 1.2をx−cnとx−cmに適用すると
∥cn−cm∥2=2∥x−cn∥2+2∥x−cm∥2−4x−2cn+cm2.最後のノルムはd以上であるから
∥cn−cm∥2<n2+m2.したがって(cn)は Cauchy 列である。Hの完備性によりcn→cとなるc∈Hが存在し、Cの閉性によりc∈Cである。ノルムの連続性から∥x−c∥=dを得る。
c,c′∈Cがともに最良近似点であると仮定する。中点がCに属するので、同じ等式から
∥c−c′∥2=2d2+2d2−4x−2c+c′2≤0.よってc=c′である。▨
定理 2.2 (直交射影定理).Hを Hilbert 空間とし、M⊆Hを閉部分空間とする。任意のx∈Hは
x=m+n,m∈M,n∈M⊥とただ一通りに表される。ここでmはMにおけるxの一意な最良近似点である。したがってH=M⊕M⊥である。
証明.Mは閉部分空間であるから空でない閉凸集合であり、定理 2.1により、xのMにおける一意な最良近似点mが存在する。n=x−mとおく。y∈Mとt∈Kに対してm+ty∈Mであるから
∥n−ty∥2≥∥n∥2.z=⟨n,y⟩とする。内積を展開すると
∥n−ty∥2=∥n∥2−2Re(tz)+∣t∣2∥y∥2.z=0なら、t=szとし、十分小さいs>0をとると右辺は∥n∥2より小さくなり、最良性に反する。したがってz=0であり、n∈M⊥である。
x=m+n=m′+n′が二つの分解なら、m−m′=n′−n∈M∩M⊥である。このベクトルをwとすると∥w∥2=⟨w,w⟩=0であるからw=0であり、分解は一意である。▨
命題 2.3.Hを Hilbert 空間とし、M⊆Hを線形部分空間とする。Mが閉じているとは仮定しない。このとき
(M⊥)⊥=Mが成り立つ。
証明. はじめにM⊥=(M)⊥を示す。M⊆Mであるから(M)⊥⊆M⊥である。逆にy∈M⊥とし、x∈Mをとる。xk→xとなるxk∈Mを選ぶと、内積の連続性により⟨x,y⟩=limk⟨xk,y⟩=0である。したがってy∈(M)⊥である。
次にM⊆(M⊥)⊥を示す。y∈M⊥を固定すると、内積の連続性により{x∈H:⟨x,y⟩=0}は閉部分空間であり、この集合はMを含むのでMを含む。y∈M⊥は任意であるから、M⊆(M⊥)⊥である。
逆の包含を示す。N=Mは閉部分空間であるから、x∈(M⊥)⊥に対して定理 2.2により分解x=m+n、m∈N、n∈N⊥が定まる。前段のM⊥=N⊥によりn∈M⊥であるから⟨x,n⟩=0であり、m∈Nとn∈N⊥から⟨m,n⟩=0である。したがって
∥n∥2=⟨x−m,n⟩=⟨x,n⟩−⟨m,n⟩=0であり、n=0、すなわちx=m∈Mである。▨
命題 2.4.定理 2.2の分解に対してPMx=mと定める。このとき、PMは有界線形作用素であり、
PM2=PM,RanPM=M,kerPM=M⊥,を満たす。また、∥PMx∥≤∥x∥であり、M={0}なら∥PM∥=1である。さらに
⟨PMx,y⟩=⟨x,PMy⟩が任意のx,y∈Hに対して成り立ち、I−PMはM⊥への直交射影である。
証明.x=m+nとx′=m′+n′をそれぞれM⊕M⊥によって分解する。一意性をax+bx′=(am+bm′)+(an+bn′)に適用すると、PMの線形性を得る。m∈MではPMm=mであるから、PM2=PMと像・核の表示が従う。
m⊥nであるから、Pythagoras の等式∥x∥2=∥m∥2+∥n∥2により∥PMx∥≤∥x∥である。0=m∈MではPMm=mであるため、M={0}なら∥PM∥=1である。y=m′+n′と分解すると
⟨PMx,y⟩=⟨m,m′⟩=⟨x,PMy⟩.最後に、(I−PM)x=nでありm∈(M⊥)⊥であるから、I−PMはM⊥への直交射影である。▨
例 2.5.H=L2([−1,1])、M=span{1,x}とし、f(x)=x3をMへ射影する。e0=1/2とe1=3/2xはMの正規直交基底であるから
PMf=⟨f,e0⟩e0+⟨f,e1⟩e1=53x.実際、奇偶性から第1係数は0であり、⟨f,e1⟩=3/2∫−11x4dx=6/5である。さらに
∥f−PMf∥22=∫−11(x3−53x)2dx=1758.定理 2.2により、この値はMの他の元を用いたときの誤差以下である。
3 正規直交系と Parseval の等式
定義 3.1.Hの有限列または列(en)が正規直交系 (orthonormal system) であるとは、⟨en,em⟩=δnmが成り立つことをいう。その線形包がHで稠密であるとき、(en)を完全正規直交系 (complete orthonormal system) という。
定理 3.2 (Bessel の不等式).(en)を有限または可算な正規直交系とする。任意のx∈Hに対して
n∑∣⟨x,en⟩∣2≤∥x∥2が成り立つ。有限系では有限和をとり、可算系では部分和の極限をとる。
証明.sN=∑n=1N⟨x,en⟩enとおく。x−sNは各e1,…,eNと直交するので
∥x∥2=∥x−sN∥2+∥sN∥2=∥x−sN∥2+n=1∑N∣⟨x,en⟩∣2.したがって各部分和は∥x∥2以下であり、非負項級数の極限をとれば主張を得る。▨
定理 3.3.(en)を有限または可算な正規直交系とする。次の条件は同値である。
- (en)は完全である。
- 全てのnに対して⟨x,en⟩=0ならばx=0である。
- 任意のx∈Hに対して、∑n⟨x,en⟩enがノルム収束してxに等しい。
- 任意のx∈Hに対して Parseval の等式
∥x∥2=n∑∣⟨x,en⟩∣2
が成り立つ。
証明.定理 3.2により係数の二乗和は有限である。したがって部分和sN=∑n=1N⟨x,en⟩enは
∥sM−sN∥2=n=N+1∑M∣⟨x,en⟩∣2を満たす Cauchy 列である。完備性によりsN→sとなるs∈Hが存在する。各kについて⟨x−s,ek⟩=0である。
(1)⇒(3)を示す。x−sは稠密な線形包と直交するのでx−s=0である。(3)⇒(4)を示す。上の Pythagoras の等式でN→∞とする。(4)⇒(2)を示す。全係数が0なら∥x∥=0である。最後に(2)⇒(1)を示す。span{en}=Hなら、定理 2.2によりその直交補空間に0でない元が存在する。この元は全てのenと直交し、(2)に反する。よって(1)が成り立つ。有限系の場合も、和を系の最後で止めれば同じ証明が成立する。▨
定理 3.4. 可分 Hilbert 空間Hは、有限または可算な完全正規直交系をもつ。H={0}の場合には空系をとる。
証明.H={0}とし、可算な稠密集合(xn)をとる。x1,x2,…を順に調べ、それまでに選んだベクトルの線形包に属さない最初のベクトルだけを選ぶ。選ばれた線形独立列へ、先行記事の Gram–Schmidt の直交化を有限段ごとに適用する。各段の最初の零でない残差を正規化することにより、有限または可算な正規直交系(ej)を得る。従属するベクトルと零ベクトルは選ばれないので、正規化の分母は常に正である。
選択が有限回で止まった場合、その有限次元線形包は全てのxnを含む。有限次元部分空間は閉じており、(xn)は稠密であるから、その線形包はHに等しい。選択が無限に続く場合、各xnは、それを調べた時点までに選んだベクトルの線形包に属する。したがって全てのxnはspan{ej}に属し、稠密性からこの閉包はHに等しい。いずれの場合も(ej)は完全である。▨
例 3.5.ℓ2の標準正規直交系を(en)とする。任意のx=(xn)∈ℓ2に対して
x(N)=n=1∑Nxnenとおくと、
∥x−x(N)∥22=n>N∑∣xn∣2⟶0.したがって、(en)の線形包はℓ2で稠密であり、(en)は完全である。
特にx=(1,1/2,1/3,…)とおく。級数∑n≥11/n2は収束するのでx∈ℓ2であり、⟨x,en⟩=1/nである。したがって定理 3.3により
∥x∥22=n=1∑∞n21が与えられる。これは定義から計算したℓ2ノルムと一致する。
例 3.6.L2([−π,π])の三角関数系が完全であることは、Fourier 解析の単元で別に証明する。その完全性を仮定してf(x)=xに Parseval の等式を適用すると、fの正弦係数はbn=2(−1)n+1/nであるから
32π3=∫−ππx2dx=πn=1∑∞bn2=4πn=1∑∞n21.したがって∑n≥1n−2=π2/6である。
4 演習
問題 4.1 (凸性または閉性を欠く集合での最良近似).定理 2.1で凸性を外すと最良近似点が一意でない例と、閉性を外すと最良近似点が存在しない例を、それぞれR上で構成せよ。
解答.
H=Rに内積⟨s,t⟩=stを入れる。この内積から定まるノルムは絶対値であり、Rは完備であるから、Rは
Hilbert 空間である。
凸性を外した例として、C={−1,1}とx=0をとる。Cは有限集合であるから閉集合であり、空でないが、−1と1の中点0を含まないので凸でない。∣0−(−1)∣=∣0−1∣=1であるからinfz∈C∣x−z∣=1であり、この下限は−1と1の両方で達成される。したがって最良近似点は存在するが一意でない。
閉性を外した例として、C=(0,1)をとる。Cは空でない凸集合であるが、閉じていない。x=2とすると、任意のz∈Cに対して∣x−z∣=2−z>1である。一方、k≥2に対してzk=1−1/k∈Cであり∣x−zk∣=1+1/k→1であるから、infz∈C∣x−z∣=1である。どのz∈Cについても∣x−z∣>1であるから、この下限を達成するz∈Cは存在せず、xのCにおける最良近似点は存在しない。▨
問題 4.2 (最良近似と直交性の同値). 閉部分空間Mとx∈Hに対し、m∈Mがxの最良近似点であることとx−m∈M⊥が同値であることを証明せよ。
解答.
m∈Mとし、n=x−mとおく。
mがxの最良近似点であるとする。y∈Mとt∈Kをとると、m+ty∈Mであるから∥n−ty∥2=∥x−(m+ty)∥2≥∥n∥2である。z=⟨n,y⟩とおき、内積を展開すると
∥n−ty∥2=∥n∥2−2Re(tz)+∣t∣2∥y∥2である。z=0と仮定する。y=0ならばz=0であるから、y=0である。t=sz(s>0)とおくとtz=s∣z∣2であるから
∥n−ty∥2−∥n∥2=s∣z∣2(s∥y∥2−2)である。s=1/∥y∥2とすると右辺は−∣z∣2/∥y∥2<0であり、∥n−ty∥2≥∥n∥2と両立しない。したがってz=0である。y∈Mは任意であるから、n=x−m∈M⊥である。
逆に、x−m∈M⊥とする。任意のy∈Mに対してm−y∈Mであるから⟨x−m,m−y⟩=0であり、内積を展開すると
∥x−y∥2=∥(x−m)+(m−y)∥2=∥x−m∥2+∥m−y∥2≥∥x−m∥2を得る。m∈Mであるから∥x−m∥=infy∈M∥x−y∥であり、mはxの最良近似点である。▨
問題 4.3 (Parseval の等式から完全性へ). 正規直交系(en)に対し、全てのxについて Parseval の等式が成り立つなら、(en)が完全であることを定理 2.2を用いずに証明せよ。
解答.
(en)を正規直交系とし、すべてのx∈Hについて Parseval の等式が成り立つとする。系が空ならば、
Parseval の等式はすべてのx∈Hについて∥x∥2=0を意味するのでH={0}であり、空系の線形包{0}はHに等しい。以下では系が空でないとする。x∈Hを固定し、N≥1(有限系ではNを系の長さ以下とする)に対してsN=∑n=1N⟨x,en⟩enとおく。k≤Nならば、正規直交性により
⟨x−sN,ek⟩=⟨x,ek⟩−n=1∑N⟨x,en⟩⟨en,ek⟩=⟨x,ek⟩−⟨x,ek⟩=0である。sNはe1,…,eNの線形結合であるから、⟨x−sN,sN⟩=0である。内積を展開すると、
∥x∥2=∥x−sN∥2+∥sN∥2,∥sN∥2=n=1∑N∣⟨x,en⟩∣2であるから
∥x−sN∥2=∥x∥2−n=1∑N∣⟨x,en⟩∣2を得る。
可算系の場合、Parseval の等式により右辺はN→∞で0に収束するので、sN→xである。有限系の場合、Nを系の長さとすると、Parseval の等式により右辺は0であり、x=sNである。いずれの場合も、xは(en)の線形包の元の極限である。x∈Hは任意であるから、(en)の線形包はHで稠密であり、(en)は完全である。▨
問題 4.4 (極大正規直交系の存在に用いる選択原理).Hを Hilbert 空間とし、Hの可分性を仮定しない。Hの部分集合Eであって、各e∈Eが単位ベクトルであり、相異なるe,f∈Eが直交するもの全体を包含関係で順序づける。Eの濃度を有限または可算とは仮定しない。
Zorn の補題を適用し、包含について極大な集合Eが存在することを示せ。本記事の定理 3.4と比べ、追加で用いる選択原理を特定せよ。
解答.
Hの部分集合Eであって、各e∈Eが∥e∥=1を満たし、相異なるe,f∈Eが⟨e,f⟩=0を満たすもの全体をOとする。OはHの冪集合の部分集合であり、包含関係⊆について
poset である。空集合は条件を満たすので∅∈Oであり、Oは空でない。
C⊆Oを鎖とする。C=∅ならば、∅∈OがCの上界である。C=∅ならば、E∗=⋃E∈CEとおく。e∈E∗ならば、e∈Eを満たすE∈Cが存在するので∥e∥=1である。e,f∈E∗が相異なるとする。e∈E1とf∈E2を満たすE1,E2∈Cが存在する。Cは鎖であるからE1⊆E2またはE2⊆E1が成り立ち、E1とE2のうち他方を含む方をE3とするとe,f∈E3である。E3∈Oでありe=fであるから、⟨e,f⟩=0である。したがってE∗∈Oである。各E∈CについてE⊆E∗であるから、E∗はCの上界である。
空でない posetOの任意の鎖がOに上界をもつので、Zorn の補題§E1.20 定理 2.1 (3)により、Oは極大元Eをもつ。すなわち、E∈Oであり、E⊊E′を満たすE′∈Oは存在しない。
定理 3.4の証明では、可算な稠密集合の列(xn)を一つ固定した後、各段で選ぶベクトルを「それまでに選んだベクトルの線形包に属さない最初のxn」として番号の順序によって一つに定め、
Gram–Schmidt の直交化によって正規直交系の各元を一つに定めた。この構成は列(xn)に沿った帰納的な定義であり、
Zorn の補題を用いない。一方、本問の証明では Zorn の補題を用いた。§E1.20 定理 2.1により、Zorn の補題は
ZF の公理系のもとで選択公理§E1.20 定理 2.1 (1)と同値である。したがって、可分性を仮定しない場合に追加で用いる選択原理は Zorn の補題であり、Zorn の補題は選択公理と同値である。▨